素直な大衆
大衆という言葉は
権力者が市民を軽んじて指す言葉である。
市民とは自らの立ち位置を
政治的経済的に自覚した国民。
ただ往々にして
民主主義という白黒はっきりさせないシステムでは
大衆は温存される。
大衆は支配の傘の下で整列させられていても気付かない。
政治的な力によって旅券を取り上げられる新聞記者
がどんなにその不条理を訴えても大衆の懐には響かない。
大衆はたとえ矛盾でも信じたいものだけを信じる。
この食べ物は完全栄養食ですとテレビで
大々的に取り上げられれば信じるし
この酒ほどうまい酒はないとネット上で
激流になればやっぱり信じる。
大衆は一度手になじんだ物を手放すのが恐い。
選挙とタレントと有名人をごちゃまぜでとらえて
彼らの言葉の表裏を分析できない。
過半数の市民が大衆の存在を外から見るなら
大衆はいなくなるだろう。そんな
ネオデモクラシー時代がいつか訪れるだろうか。
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